ユカタン半島北の沿岸にラス・コロラーダス(Las Coloradas)という塩田(salinas)がある。メキシコ到着3日目朝、メリダのホテルを出発して、このラス・コロラーダスに向かった。東の方へ車でかなり走り、しばらくしてから北の海へ向けて北上する。やがて白い大きな山があるところの脇を通る。白い山は、収穫された塩の山である。さらに進み、観光客用の駐車場になっている所で車を降りて、柵に囲まれた中に入口から入った。何人かの観光客が写真を撮ったりしていた。そこの専門のガイドが何人かいて、入るグループごとに1人のガイドが付く。ピンク・ラグーン(Laguna Rosa)あるいはピンク・レイクとして近年SNSで有名になり、観光スポットになっている塩田である。確かに水は赤っぽいピンク色の部分があるけれども、我々が見た時はピンクになっていないところが多いためか、旅行パンフなどの写真で見るほどの美しさでもないように思った。遠くに白い塩の山が小さく見えた。反対側にフラミンゴ(flamenco)の群が小さく見えたそうだが、小生には見えなかった。
Coloradasは、colorar(着色する)の過去分詞から形容詞になった語colorado(赤い)の女性複数形である。それで「ラス・コロラーダス」は「赤いものたち」、この「ものたち」は定冠詞lasから女性複数名詞で、例えばlagunas(ラグーン/潟(かた))が含意されているとすると「赤いラグーン」となる。
熱帯の太陽に照らされ海水塩分が濃くなる浅いラグーンなので、紀元前後から、マヤ時代を通して、生きていくうえで必要な塩を採る場所であったらしい。ディエゴ・デ・ランダ(fray Diego de Landa 1524-1579)が1566年ごろに書いたとされる『ユカタン事物記』(Relación de las cosas de Yucatán)に、ユカタン半島北岸(ムヘーレス島 Isla Mujeres からカンペチェ Campeche 近くまで)に沼沢(しょうたく)があり、そこで結晶化した塩が採取されていると記載されている(和訳44章 pp.457-459, Electronic edition by Christian Prager: XLIV. 120-121)。
1946年に製塩会社(la Industria Salinera de Yucatán S.A. de C.V.)が設立され、当初は伝統的な技術の天日蒸発(evaporación solar)で、後には濃縮などの新技術によって海水から塩を生産している。2000年代に入ってからは年間75万トンを生産し、海水からの製塩業でメキシコ第2位の地位を占めているとのこと(1)。ガイドのN氏によると日本にも輸出しているそうである。
塩田は、カロテノイド色素(carotenoide)で赤くなっている植物プランクトン(el plancton rojo, spirulina)とそれを食べることによって体が赤くなった極小さな海老(el camarón de salmuera, artemia)によってピンクに見えるのだそうである。またフラミンゴがこれらを食べることによって赤に近い濃いピンクから橙色になるとのこと(2)。塩田のガイドが、ガラス瓶に入った小さな海老を見せてくれた。
塩の結晶は水より重いので、赤い塩田でも、塩の結晶は底に溜まり、水が干上がる前に排水すれば、赤いプランクトンや海老を取り除くことができ、真白い塩が出来るのだと思われる。
奥の方まで歩いている人たちがいる。手前のみに色がついているように見える。
ラス・コロラーダスの塩田を見た後、ユカタン半島北の沿岸地帯を西に行ったところ、半島の最も北あたりにあるリオ・ラガルトス(Río Lagartos)へ向かう。船に乗って、リア・ラガルトス自然保護公園(Parque Natural Reserva Ría Lagartos)の動物などを見るためである。船に乗る前に、船着場のすぐ近くのレストランで早めの昼食を食べた。
たくさん海老が入ったスープ。皿に入った玉ねぎ、香草、レモンはスープのトッピング用である。味はかなり濃かったが筆者はおいしく食べた。写真の揚げたトルティーリャ・チップの他に、後で器に入れて保温したトルティーリャも供された。メイン・ディッシュにはニンニクを利かした白身魚のソテーを食べた。
リオ・ラガルトスは、Río(川)とLagartos(トカゲ)なので和訳すると「トカゲ川」となる。しかし、実際は「川」ではなく、また「トカゲ」の意味で付けられた地名でもない。
ユカタン半島の北部には大きな川はない。ここの自然保護公園の名は、リア・ラガルトス(Ría Lagartos トカゲ入江)とあるように、川(río)でなく、入江(ría)である。地図で見ると、水面は西の方で北のカリブ海に繋がっていて、東の方は陸地で行き止まりになっている(昔は東の方も海と繋がっていたらしい)。ただ、東西約74kmの長さがあり、幅が25mから3.5kmのかなり細長い形をしていて川と認識されるのも納得がいく。
ここの水は、汽水だそうで、海水に、底から湧き出てくる淡水が混じっている。ユカタン半島の北部では地下水が流れていて、ところどころあるセノーテ(cenote)は、その地下水が地表から見られるところである。
地名のLagartos(トカゲ)は、ワニ(あるいはカイマン cocodrilo/caimán)の意味で付けたらしい。1517年にユカタン半島を探検していたスペイン人征服者たち(conquistadores)が、船の水不足を補うために真水の川を探して入り江に入り、そこでたくさんのワニを見た。ワニを今まで見たことのなかったスペイン人たちは、「大きなトカゲ」と呼び、その入江をエステーロ・デ・ロス・ラガルトス(Estero de los lagartos トカゲがた(潟))と名付けたことが、16世紀後半に書かれたBernal Díaz del Castillo, Historia verdadera de la conquista de Nueva España(メキシコ征服の真実の歴史)に書かれている。これが現在のリオ・ラガルトスのことならば、Estero(潟)がいつの頃からかRío(川)になったのだが、いつからかはわからない(3)。ちなみにコスタリカやホンジュラスでは、現代でもlagartoという語をワニ(cocodrilo, caimán)の意味で使っている。
リオ・ラガルトスの船着場
船着場からボートに乗り込む。ボートでの見学とあったので、のんびりとした船旅という予想に反して、我々が乗ったモーター・ボートはかなりのスピードで走る。鳥がいるマングローブ林(manglar)の岸辺近くまで寄ってくれる。いずれにしても歩かずに見学できて楽であった。
ペリカン(pelícano)が何羽か見える。右の木の上にはミサゴ(águila pescadora)が留っている
陸から離れた船着場のような木組みの上にワニ(cocodrilo)が日向ぼっこをしていた。ボートでかなり近くまで寄ってくれた。眼を動かす以外はジッとしている。我々が見ることができたのはこの1頭だけで、このワニは、ひょっとして観光客用に餌付けされているのではないかと勘ぐった。
木の上の方にとまっているミサゴ(águila pescadora)がいることを教えてもらい、ワニ(cocodrilo)、ペリカン(pelícano)、サギ(garza)などを見た。水の中に群れているフラミンゴ(flamenco)がいるのも示してもらえた。ただフラミンゴにはあまり近づけなかった。
船頭さんが突然カブトガニ(límulo)を手にもって差し出してくれて、こういう生物もいるとのこと。ただ、このカブトガニはボートの上にある水槽に入れてあったもの。
1時間ぐらいの船旅の後、船着場へ戻る。
リオ・ラガルトスでの船旅を終えてから、車でチチェン・イッツァ(Chichén Itzá)のホテルに向かった。