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スペイン語学徒のスペイン語国旅行記

ペルー(4) マチュピチュ編

堀田英夫

オリャンタイタンボから乗った列車は、はじめはトウモロコシ畑やサボテンなどの植物があるところを走り、やがて山々の中を走った。窓から見える山は、下の方は緑の木々が立っているが、上の方は草が生えているだけである。石がごろごろしている山もある。しばらく走るとウルバンバ川沿いになった。水量はかなり多い。茶色い濁流が流れている。途中の山の中腹に石組みの建物跡のようなものがあるところもあった。トレッキングに行くためか、線路近くの道をリュックを背負って歩く人たちが見られた。
 9時30分にマチュピチュ(Machu Picchu)への玄関口、アグアス・カリエンテス(Aguas Calientes)の駅に着いた。ホームの屋根がトタンのような屋根で、田舎の駅という雰囲気である。周りに高い山がそびえている中の小さな町で、土産物屋が並んでいる。マチュピチュ遺跡行きのバスに乗るため、川にかかる橋を渡ってバス乗り場に行く。

満員のバスは九十九折の山道を登っていく。遺跡の一部でも見えないだろうかと、山の上の方を見るが、林だけで石組みは見えない。やがて遺跡の入口に到着した。
 マチュピチュ遺跡は、雨が降ったりやんだりして靄(もや)が立ち込める1日目と、晴天となった2日目の2日にわたって見学することができた。どちらもそれぞれ趣きがあった。麓のアグアス・カリエンテスのホテルに宿泊したため、麓と遺跡入口との間のバスで2往復したことになる。

マチュピチュ遺跡

入口を入って通路を進む。右手の山々の間の下に谷が見え、靄(もや)を通して黄土色の川が見える。草葺の屋根が乗っている石造りの1群の家々を過ぎて段々畑(andenes)の中の通路を歩いてまっすぐ進む。段々畑の最初の区画は1段が2mくらいの高い壁になっていて、その先の区画では1mぐらいの高さである。石積みは大小の自然石を積み上げほぼ垂直の壁にしている。しばらく行くと階段があり建物群があるところへ登っていく。

(C) 2008 Setsuko H. 段々畑の途中から入口近くの草葺屋根の家の方を見る


ここマチュピチュでもサイディさんはそれぞれの建物等について丁寧に説明してくれた。水汲み場と水路を見て、外壁が半円筒形をしている太陽の神殿(Templo del Sol 大塔 Torreón)、王が宿泊した宮殿(Residencia Real)などを見る。水の供給のためか、排水のためか、石で組まれた水路(canal)が遺跡内のあちこちにあった。
 今度は東へ少し下に降り、広場を横切って、向こう側の階段を登っていく。靄(もや)に包まれる中、遺跡の中を歩く。いくつかの建物が連なるところを見て、建物の中の床におかれた天体観測用の石盤(espejos de agua 水をたたえて星を反射させて観測したとのこと)などを見る。
 時には小雨が当たることがあったが、降ったりやんだりでひどくはない。雨のせいで石組みが重厚に見え、遺跡の雰囲気を十分味わうことができた。古に多くの人々が居たけれど、今は生きた暮らしがなく、石の建物だけが残っているという遺跡の雰囲気である。今日のように、しとしとと雨が降る薄ら寒い日、ここに寝泊りしていた人たちは住居の中のかまどの火を家族で囲み暖かくしていたのだろうか。あるいは窓の外の靄(もや)がかかる山や谷をじっと眺め、寒い思いをしていたのだろうか、などと想いをめぐらせる。

(C) 2008 Setsuko H. (C) 2008 Setsuko H.


居住地区の近くにコンドル(cóndor)の神殿がある。床にあるコンドル頭部の石は確かにコンドルの頭の形をしている。しかしそのうしろの高くそびえる2枚の翼は、大部分が自然の大きな岩をそのまま利用して作られているようである。
 太陽神殿のあったところへ戻る。神殿の土台は巨大な岩で、その上に円筒形に石が積まれ壁になっている。土台の下に階段状に切った岩が入口になっている洞窟を見る。

(C) 2008 Setsuko H. 太陽神殿。
6月の冬至に関わる儀礼に使われたらしい。


(C) 2008 Setsuko H. 太陽神殿の下の洞窟。
中の石積みも丁寧な造りになっている。王のミイラを祀ったところと言われている


次に西の高くなっている方へ行く。3つの窓の神殿(Templo de las Tres Ventanas)、主神殿(Templo Principal)、インティワタナ(Intihuatana)を見る。巨岩から上に角柱が立つように作られたインティワタナがあるところは、マチュピチュ遺跡の中で一段高い所にある。角柱の作る太陽の影によって冬至、春分、夏至、秋分を観察し農業に役立たせていたそうであ(1)

(C) 2008 Setsuko H. 遺跡内の小鳥


(C) 2008 Setsuko H. 遺跡内には、リャマ(llama)が何頭か放し飼いされている


遺跡を一旦出てサンクチュアリ・ロッジで昼食をすませた後は、再度遺跡見学を続けた。今度は、入口を入ってすぐ左手を上がり、遺跡全体が見渡せるスポットへ行った。靄(もや)がたなびく幻想的なマチュピチュ遺跡を見ることができた。サイディさんに遺跡の閉まる5時半までいていいと言われ、さらに遺跡見学をしていた。しかし雨風がかなり強くなったため、この日の見学を切り上げ、4時20分には遺跡を出た。

(C) 2008 Setsuko H.


マチュピチュ1日目:雨のマチュピチュ遺跡
画面右の向こうにあるワイナピチュは霧に包まれ見えない。

(C) 2008 Setsuko H.


マチュピチュ2日目:晴れのマチュピチュ遺跡

2日目は、遠くの山の中腹などに雲がたなびいているものの、しばらくしたら晴れてきた。遺跡の中を通って、奥のワイナピチュ(Huayna Picchu)登山道入口に行った。見上げるほど高い頂のワイナピチュに、妻はガイドのサイディさんと一緒に登った。小生は体調が万全ではないこともありパスし、その間1人で遺跡内をぶらついた。妻とサイディさんは、8時30分から登りはじめ、11時には無事に降りてきた。11時に妻を迎えた後、寒かった前日とはうってかわり、晴れて暑くなった遺跡内を、午後1時半まで2人だけでさらに見て回った。

(C) 2008 Setsuko H. 「見張り小屋」(Casa del Guardián)付近から、坂と階段を遺跡の方へ降り、「市街地への入口」(puerta de la ciudad)あるいは「正門」(puerta principal)と言われる門をくぐる。比較的大きな石を積み上げて作ってあるものの、正門というわりにはかなり狭い門である。インカ道がここに繋がっていて、インカ時代はここから出入りしていたらしい。


マチュピチュ遺跡は、「マチュピチュの歴史的聖域(2)(Santuario Histórico de Machu Picchu)という名称のユネスコ複合遺産(文化、自然の両者の価値を兼ね備えた遺産)に含まれている。15世紀中ごろ(1438-1493)、インカ・パチャクテクの時に、北側のワイナピチュ山(標高2667m)と南側のマチュピチュ山(標高3082m)に挟まれた標高2430mの尾根を整地して造営された、長さ約530m、幅約200m(東京ドーム2つより少し広い程度)の都市であ(3)。信仰と天体観察を行う宗教・儀礼施設、居住区、農業用区画があり、インカ・パチャクテクとそのパナカ(王の子孫一族)の領地であった。王やパナカの成員は、クスコに屋敷があったので、ここは一時的な滞在の別荘であり、信仰や宗教儀礼のための都市であった。ここに生活していたのは、発掘調査の結果から、建築、手工業、農業、行政や交易などに従事していた多様な地域の出身者約500人だということがわかっているそうである。クスコ周辺高地からの産物とアマゾン地方の熱帯低地からの産物が運ばれてきていた。ここから2,3日の距離にあるオリャンタイタンボにスペイン人達が迫ったときに、ここは放棄されたらしい。

(C) 2008 Setsuko H.


(C) 2008 Setsuko H.


「見張り小屋」 遺跡内で結構高いところにあり、この付近からマチュピチュ全景を見るのが定番

(C) 2008 Setsuko H.


「見張り小屋」の横から見たマチュピチュ遺跡とワイナピチュ山(標高2667m)

遺跡から麓のアグアス・カリエンテスへ降りるバスでは、インカ時代チャスキ(飛脚)の服装をした「グッバイ・ボーイ」(チャスキ・ボーイchasqui boys)が2日ともいた。観光名物の1つになっている。「グッバーイ!」とバスの乗客に声をかけ、バスが九十九折の道路を降りるのに合わせ、ほぼ直線の山道を駆け下りる。バスと出会うごとに「グッバーイ!」と声をかける。最後にバスに乗り込んできて、写真を撮らせチップを受け取る。衣装は誰が用意したものなのか、単なる子供の小遣い稼ぎなのかはわからない。学校に行くべき子供たちなので、このような仕事をするのを(一時的なのか少なくとも2007年には)地元の市によって禁止されていたようである。我々が見たのは金曜の夕方と土曜だったので、曜日等限定で許可されていたのかもしれない。

(C) 2008 Setsuko H. 「グッバイ・ボーイ」の1人



<注>
2008年1月に旅行し、見聞したことと旅行前後に調べたことを書いた。
『失われた文明「インカ・マヤ・アステカ展」カタログ』NHK、2007.(pp.148,198-200)
ペルー文化庁サイト: http://www.cultura.gob.pe/patrimonio/sitiosdepatrimoniomundial/listapatrimoniomundialperu/santuariomachupicchu
ユネスコ・サイト:https://whc.unesco.org/en/list/274
Diccionario Quechua - Español - Quechua, Academía Mayor de la Lengua Quechua, Gobierno Regional Cusco, Cusco 2005:Segunda edición.
Wikipedia: https://es.wikipedia.org/wiki/Machu_Picchu
などを参照した。

(1) インティワタナ(Intihuatana)の名はケチュア語「太陽を繋ぎとめるところ」ではあるが、後世(1877年,1913年)に命名されたとのこと。「インカの日時計」(Reloj Solar Inkaiko)というスペイン語名もある。Diccionario Quechua - Español(s.v.Intiwatana) マチュピチュ遺跡の西にもインティワタナ遺跡があるそうである。(『インカ・マヤ・アステカ展』p.198)

(2) 世界遺産登録名称のHistoric Sanctuaryは「歴史保護区」と和訳されるが、英語sanctuary、スペイン語santuarioの語源を考え「聖域」と訳した。
 登録区域は、クスコ県(departamento del Cusco)ウルバンバ郡(provincia de Urubamba)マチュピチュ行政区(distrito de Machu Picchu)の325.92km2という広い領域(名古屋市面積326.45km2に近い)である。200ほどの考古学遺跡が含まれていて、その中のひとつがマチュピチュ遺跡である。北側のワイナピチュ山にある遺跡、さらにその北斜面にある「月の神殿」(Templo de la Luna)も考古学遺跡である。
 文化と自然、両方の複合遺産であるので、遺跡保護のみならず自然の保護も図られている。ペルー文化庁(Instituto Nacional de Cultura)、クスコ地方文化庁(Dirección Regional de Cultura Cusco)とある入場券(Boleto de visita)に以下のような注意書きが印刷されていた

「インカ都市マチュピチュ訪問ルール」
     (Normas para la visita a la Ciudad Inca Machupicchu)
●飲物は水筒でのみ持ち込むことができる (Llevar bebidas solo en cantimploras)(英語版は「ペットボトル(プラスチック容器)持込禁止」)
●食べ物を食べること禁止 (El consumo de alimentos está prohibido)
●杖は年配者と障害者用のみ (Bastones solo para adultos mayores y discapacitados)
●リュックあるいは小さなバッグのみ携帯することができる (Solo podrá portarse mochilas o bolsos pequeños)
●インカの壁に登ること禁止 (Prohibido subir a los muros incas)
●たき火・野火禁止 (Prohibido fogatas y fuego abierto)
●ゴミを捨てない (No arrojar basura)
●トイレは遺跡の外にある (Los SSHH(servicios higiénicos) se hallan al exterior del monumento)
●動植物を保護すること (Preservar la flora y fauna)
●大きな声(口笛、叫び)を上げない (No efectuar ruidos fuertes(silbidos, gritos))
●指定された通路を歩くこと (Recorrer los circuitos señalados)
●床・壁に字や絵をかいてはいけない (No escribir y/o graficar en los pisos y muros)


(3) マチュピチュ(Machupijchu)とワイナピチュ(Waynapikchu)のピチュ(pikchu)はケチュア語で「ピラミッド」あるいは「峰」、マチュ(machu)は「老人」、ワイナ(wayna)は「若者」で、それぞれ「老いた峰」と「若い峰」という意味。


※写真はいずれも2008年1月ペルーにて撮影 [©️2008 Setsuko H.]
2018/5/10. - 5/14.

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